分子動力学法とは

ぶんしどうりきがくほう

原子間ポテンシャルから求めた力で、多数の原子のニュートンの運動方程式を数値積分し、原子の動きを時間を追って計算する方法。

「分子動力学法」は、1分野の8問の練習問題に出てきます(計算材料科学など)。

この用語の分野: 計算材料科学

計算の流れ

分子動力学法では、まず原子の初めの位置と、目的の温度のマクスウェル・ボルツマン分布に従う速度を与えます。次に、原子間ポテンシャルから各原子に働く力を求め、ベルレ法などで運動方程式を少しずつ積分して、位置と速度を更新します。これを数十万〜数百万回くり返すと、原子の軌跡が得られます。結晶や液体の内部を表すときは、計算する箱の向かい合う面をつなぐ周期的な境界条件を使い、表面の影響をなくします。1957年にアルダーとウェインライトが剛体球の系で始めた方法で、いまは材料、化学、生体分子の分野で広く使われています。

軌跡から性質を求める

得られた原子の軌跡を時間で平均すると、さまざまな性質が求まります。例えば拡散係数は、原子が動いた距離の2乗の平均(平均二乗変位)が3次元では6Dtで増えることから求めます。100 psで0.6 nm²増えれば D = 1×10⁻⁹ m²/s で、液体の金属と同じ桁の値です。原子どうしの距離の分布を表す動径分布関数からは、液体やアモルファスの構造がわかり、X線や中性子の回折の結果と比べられます。ほかにも、熱膨張、弾性定数、融点、熱伝導率、粒界や転位のエネルギーなどが計算できます。

温度と圧力の制御

運動方程式をそのまま解くと、原子の数、体積、全エネルギーが一定の状態(NVEアンサンブル)を計算することになります。実験のように温度や圧力を一定にしたいときは、熱浴とのエネルギーのやりとりを表すサーモスタットや、箱の大きさを変えるバロスタットを加えて、NVTやNPTのアンサンブルを計算します。広く使われる能勢・フーバー法のもとになった能勢の方法は、1984年に提案されました。初めは系が平衡に達していないので、温度やエネルギーが落ち着くまでの部分は平均から除き、その後の十分に長い時間で平均をとります。

時間の短さがもたらす注意点

分子動力学法で追える時間は、ふつうナノ秒からマイクロ秒程度です。そのため引張試験を計算すると、ひずみ速度は10⁸ s⁻¹ 程度(1 nsで10%のひずみ)と、実験の10⁻³ s⁻¹ 程度より10桁以上速くなります。転位が熱の助けで障害を越える時間がないので、強度は実験より高く出がちです。固体の中の拡散のように、まれにしか起こらない現象も直接は追いにくく、キネティック・モンテカルロ法などと組み合わせます。また古典力学の計算なので、デバイ温度より十分低い温度では、比熱などに量子効果によるずれが出ます。

分子動力学法の練習問題に挑戦

分子動力学法で、時間刻み2 fsで運動方程式を積分して、1 nsの間の原子の動きを計算したい。必要な時間ステップの数はどれか。

  1. A5×10²
  2. B5×10⁸
  3. C5×10⁵
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正解:C. 5×10⁵

1 ns = 10⁻⁹ s、2 fs = 2×10⁻¹⁵ s なので、ステップ数は 10⁻⁹/(2×10⁻¹⁵) = 5×10⁵ です。時間刻みは、原子の振動の周期(100 fs程度)を数十に分ける程度に小さくとる必要があり、軽い水素を含む系では1 fs以下にします。刻みを大きくしすぎると、ベルレ法などの数値積分の誤差でエネルギーが保存されなくなり、計算が破綻します。5×10²はfsを10⁻¹² s(ps)と取り違えた値、5×10⁸はnsを10⁻⁶ s(µs)と取り違えた値です。ステップごとに全原子の力を計算するので、ナノ秒からマイクロ秒程度が、分子動力学法で追える時間の目安になります。

分子動力学法で使う原子間ポテンシャルについての説明として正しいものはどれか。

  1. Aレナード・ジョーンズ・ポテンシャルは2原子間の距離だけで決まる対ポテンシャルで、金属の結合や共有結合の方向性もよく表せる
  2. B埋め込み原子法(EAM)のポテンシャルは、周りの原子がつくる電子密度に応じた埋め込みエネルギーを加えて、金属の多体的な結合を表す
  3. Cシリコンのような共有結合の結晶には、結合の角度によらない対ポテンシャルを使うのが最も適している
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正解:B. 埋め込み原子法(EAM)のポテンシャルは、周りの原子がつくる電子密度に応じた埋め込みエネルギーを加えて、金属の多体的な結合を表す

レナード・ジョーンズ・ポテンシャルは原子2個の距離だけで決まる対ポテンシャルで、希ガスのような方向性のない弱い結合をよく表しますが、金属や共有結合の性質は表せません。金属では、原子1個の結合の強さが周りの原子の数によって変わる多体の効果が大きく、EAMはこれを周りの原子がつくる電子密度の関数として加えます。対ポテンシャルだけでは、各原子が対称中心にあるFCCやBCCの結晶で応力がないとき、弾性定数に C₁₂ = C₄₄(コーシーの関係)が必ず成り立ちますが、多くの金属はこれを満たしません。共有結合では結合の角度が重要なので、角度の項を含むスティリンジャー・ウェーバーやターソフのポテンシャルを使います。DFTの結果を学習した機械学習ポテンシャルも広く使われています。

よくある質問

分子動力学法とモンテカルロ法の違いは何ですか。

分子動力学法は運動方程式を解くので、原子の動きを実際の時間に沿って追え、拡散や振動などの動的な性質も求まります。メトロポリス法などのモンテカルロ法は、確率に従って状態を選んで平衡の平均を求める方法で、時間の情報はもちませんが、原子の入れ替えのように動きの遅い変化も扱えます。

第一原理分子動力学法とは何ですか。

原子に働く力を、原子間ポテンシャルではなく、各ステップで密度汎関数理論などの電子状態の計算から求める分子動力学法です。化学結合の切断や生成も扱えますが、計算量が大きく、扱えるのは数百個程度の原子と数十ピコ秒程度の時間です。

分子動力学法の結果の精度は何で決まりますか。

最も大きいのは原子間ポテンシャルの精度で、ポテンシャルが表せない性質は正しく出ません。そのほか、計算する箱が小さすぎることによるサイズ効果、平均をとる時間の短さによる統計的なばらつき、時間刻みによる積分の誤差も効くので、条件を変えて結果が変わらないかを確かめます。

解説の中の「分子動力学法」

「分子動力学法」が出てくる問題(8問)

  1. 分子動力学法で、時間刻み2 fsで運動方程式を積分して、1 nsの間の原子の動きを計算したい。必要な時間ステップの数はどれか。
  2. 分子動力学法で使う原子間ポテンシャルについての説明として正しいものはどれか。
  3. 分子動力学法の計算で、単原子の系の原子1個あたりの運動エネルギーの平均が0.0517 eVだった。エネルギー等分配則から求めた系の温度はどれに最も近いか。ボルツマン定数を k = 8.617×10⁻⁵ eV/K とする。
  4. 材料の計算手法と、ふつうに扱える空間と時間の規模の組み合わせとして最も適切なものはどれか。
  5. 密度汎関数理論(DFT)の考え方についての説明として正しいものはどれか。
  6. LDAやGGAの交換相関汎関数を使った標準的なDFT計算の結果の傾向として正しいものはどれか。
  7. キネティック・モンテカルロ(kMC)法についての説明として正しいものはどれか。
  8. フェーズフィールド法についての説明として正しいものはどれか。

関連する用語

密度汎関数理論 原子間ポテンシャル フェーズフィールド法 有限要素法 フォノン 空孔 モンテカルロ法 CALPHAD法 マテリアルズ・インフォマティクス

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